新しいチャンレンジ。第3言語。
昨日、土用の日が明けて、久しぶりの畑に行って土仕事をしてきて、とーっても幸せだった。
夏期講習で忙しい朝の塾の出勤の前にパパッと40分だけ畑で雑草むしりの作業をしながら、生態系の豊かさに驚かされた。
人間社会も、植物界のように、「循環」と「活かし合い」、「生かし合う」関係が作れるはずと、畑を見て思う。
こちらは、ゴマです。
ローゼルを植えている二列の畝と、コーン、ゴマ、オクラ、ナス、ピーマンを混植で植えているガーデン。それぞれ座り込んでジーっと見てしまう。
ちょっと歩いて奥の何も植えられていないところに行く。ジーっと観察してみる。
ミツバチが飛び交う。
生きている植物、虫、全然丸っ切り違う。ローゼルの畝とガーデンの方は比較的色んな雑草が生えていて、アブラムシを食べてくれるてんとう虫がいっぱいいたり、虫を食べてくれるクモも何種類もいたり、地面に這う雑草が土を沖縄の夏の暑い太陽の日差しから守ってくれてたり、恐らく虫がフンをしたであろう固形物が葉っぱから滑り落ちていく瞬間だったり、葉っぱの形がそうなるようにできていたり、それぞれがそれぞれの役割を果たしている。そして最後にはローゼルやらオクラやらも種を落とし、またそれが時期がくると芽をだし、命の循環が始まるんだ…。
そんなこんな考えながら、人間が「活かし合い」、「生かし合う」にはどうしたらいいのかを考えた。
「自分の得意分野、自分の才能を発揮する」
答えはシンプルで、かつ、複雑だと思った。今は塾で社会を教えていてその中に歴史も入るんだけど、人間は、どんどん「統治」したくなったり「統一」したくなったり「制覇」したくなったり、「植民地化」したくなったり、何かと「自分のもの」にしたがることに気づいた。
そこで人類が現時点でたどり着いたのが「民主主義」と「資本主義」という、ちょっと矛盾のある社会のあり方だと思う。
民主主義は大まかには人民に主権があるという政治形態だけど、人民に主権があると思い難いのが、政治が資本主義の世界と密接に関わっている点だと思う。
その資本主義の中で、自分の能力や才能に気づくことが出来ずに、ずーっとずーっと苦しんでいる、つまり、「活かし合い」、「生かし合う」関係性を築けていないのだと感じる。
ある人は「書くこと」に長け、ある人は「聞くこと」に長ける。ある人は「音楽」に長け、ある人は「作ること」に長ける。ある人は「サポートする」ことに長け、ある人は「組織すること」に長ける。そしてある人は「企画すること」に長け、ある人は「気持ちいい空間を演出すること」に長ける。ある人は「リードすること」に長け、ある人は「人に優しくすること」に長ける。
でも例えば、書くことに長ける人がずっと聞いてる仕事ばっかりしてたら。聞くことに長ける人が書くことをしてたら。人に優しくすることに長けているのにリードばっかりしようとしていたら。
この世界では、ある程度「これが出来たほうがいい」というレッテルがあって、それが人をまとめる力だったり組織をうまく動かせることだったり。みんなそれに当てはまりたがるけど、自分の得意なこと、好きなこと、それを極めれば世の中は絶対に生かし合う世の中になると、畑を見ながら感じました。
そんな中で、沖縄に住んでいる私。言語が死にそうな沖縄。「これなら絶対にどんな言語でも習得できる!」という自信がある方法で、うちなーぐちを習得しようと思いました。うちなーぐちを話せるようになりたいと思った。なんか、自分の中でのちょっとしたアイデンティティーというか。
さっそく木曜日、集落で企画してくれてる老人会によるうちなーぐち講座に参加したいと思います(^^)
ちなみに私の自信のある方法とは、「覚えようとしない」です。(笑)